OLD PHOTOS of JAPAN, 日本の古写真:明治、大正、昭和、古い写真を通して「日本」を知るフォトブログ

カートを見る Old Photos of Japan
1860年代から1930年代の日本の写真。1854年、日本は200年以上続いた鎖国を解き、それは真に驚くべき変換の引き金となりました。運命のように、ちょうどその頃すでに写真が発明されていました。古い日本が消え、新しい日本が生まれるにつれ、挑戦心ある写真家たちが写真を撮りました。古い日本の珍しくまた貴重な写真から、当時の暮らしを見ることができます。
ニュースフィード: RSSAtom
毎日新しい写真!
スポンサー

Japanese Furniture

Old Books on Japan
イーベイで日本に対する英語の古本を見つけましょう!

Japanese Friends
サイトメンバー、1万5000人を超える人たちと友達になろう!

1890年代 • 八百屋

タグ: 撮影者未詳明治屋外
ツール: 写真利用許可文章利用許可 お気に入り

八百屋の主人が非常に大きな蕪を手にしている。林檎が大量に並んでいるところを見ると、林檎専門に扱っているように見える。牛蒡、大根、芥子菜、葱も主人の前に並んでいる。軒先のパネルは、売り物を日差しから守るため考え出したもの。

明治時代の日本の食事は、米、特に漬物など少しの野菜類、魚と豆類で、田舎では米が高価だったので、代わりに大麦や粟などの安価な雑穀を食べることが多かった。

牛肉、豚肉、パンなどは明治時代に入ってきたもので、最初はある程度人気があった。バジル・ホール・チェンバレンが1890年に書いているように、屋台には「人力車夫や日雇い労働者」が食べるパンが積み上げてあった。

しかしこの人気はそう永続きせず、20世紀初頭には昔からの日本の食習慣に戻った人々が多かった。これら西洋からの輸入品が最終的に受け入れられるまでには何年もかかっている。

肉は仏教の影響もあって、表向きには日本の食事には見られなかった。鹿の肉は田舎では「山鯨」と称して手に入った。魚は認められており、鯨は魚と見られていたので、鹿肉を鯨肉と称して食べることは問題がなかった。

今でこそ日本食は世界中で大変人気があるが、明治時代に日本に来た外国人はそれほど感心しなかった。

日本の料理はヨーロッパ人の食欲を充たすものではない。肉がなく、牛乳、パン、バター、ジャム、コーヒーがなく、サラダも充分な量の煮野菜もなく、煮た果物もなく、新鮮な果物も比較的少ない状況を想像して見るが好い。ヨーロッパの菜食主義者も、これで何とかするのは普通に肉を食べる人と殆ど変わらず難しいだろう。もしジョンソン博士がこんな夕食会に加わっていたら、満足感のない満腹感、栄養のない満腹感などと評したに違いない。食べるものは清潔で、見事なほど油気がなく、見た目に美しいことが多い。しかし、これで生活しようと試みるとよい。答えは否である。1

1 Chamberlain, Basil Hall (1905). Things Japanese Being Notes on Various Subjects Connected with Japan for the Use of Travellers and Others. J. Murray: 180.

地図はありません。
撮影者: 撮影者未詳
発行元: 発行元未詳
メディア: 鶏卵紙
写真番号: 80115-0014
写真利用許可を申請される場合は、この写真番号で指定して下さい。
ブログに書こう!
自分のブログに以下のテキストをコピペして、ブログの読者にもこの古写真を知らせよう。
<a href="http://oldphotosjapan.com/ja/photos/349/yaoya">1890年代 • 八百屋</a>

八百屋の主人が非常に大きな蕪を手にしている。林檎が大量に並んでいるところを見ると、林檎専門に扱っているように見える。牛蒡、大根、芥子菜、葱も主人の前に並んでいる。軒先のパネルは、売り物を日差しから守るため考え出したもの。

画像のURL: http://oldphotosjapan.com/images/196t.jpg
Posted by Kjeld Duits • 2008-05-01
コメントをどうぞ







Textile ヘルプ

注意点: 貴方のメールアドレスは必ずご記入下さい。但し表示されることはありません。