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2人の女性が美しい木造りの浴室で浴槽の傍に腰掛けている。場所は恐らく熱海か箱根の温泉保養地だろう。窓には芸術的な装飾が施されており、その上のパネルは豪華な木彫りである。木製の柄杓が左隅の大理石の水桶に置いてある。
入浴ほど日本の文化と切っても切れないものは少ない。これは、日本人にとっては身体を清潔にしておくだけではなく、一日を終わる儀式であり、リラックスする方法であり、娯楽の一つであり、会話する場である。
日本には「裸の付き合い」という言葉さえある。これは人々が全裸で同じ風呂に入るという、親密で対等な関係を言い表している。
猛暑の日本の気候から生まれたこの文化には多様性がある。家庭には風呂場があり、公衆浴場の銭湯があり、また温泉に浸かるという素晴しい習慣が広がっている。
明治時代(1868~1912)来日した外国人は必ずと言って好いほど日本人の入浴好きに驚き、しばしば著作や日記の中でコメントしているが、それは概して褒め言葉だ。
「日本人が大勢集まった時に放つ体臭は世界で一番気持ちが好い。」とバジル・ホール・チェンバレンが1890年に書いている。「熱い風呂に入るという日本のやり方に魅力があるのは、日本に住む外国人の殆どがこれを取り入れていることがその証拠である。」1
しかし外国人が時には理解に苦しむことがあるのは、チェンバレンも手紙に書いている。入浴には国民的な愛着があり、これが全ての階層の人々がこの火山の多い土地に豊富にある熱い鉱泉を広く利用していることにつながっている。これは簡素な贅沢だが、時にはその楽しみ方が殆ど信じられないような極端に走ることがある。上州の伊香保から程遠くない小さな温泉の河原湯は、日本に多くあるこのような場所の一つで、まるで世界の果てにあるようだ。四方から取り囲んでいる山々は非常に険しく、湯治客は一ヶ月もの間続けて入浴し、眠っても浮かないように膝の上に石を乗せている。
我々が何年か前に訪れた時は、そこの世話人は80歳の矍鑠とした老人で、一冬中温泉に入ったままでいたものだった。この場合水温は血液の温度より1~2度低い。これだけでもこの奇妙な生活を可能にした。
別の話だが、温泉で有名な或る村の住民達が、仕事の忙しい夏の間は身体が汚れていることを筆者に謝ったことがある。彼等が言うには「一日に二回しか風呂に入れないからです。」「冬場は何度くらい風呂に入るのですか?」「一日四回か五回です。子供達は寒いと感じる度に風呂に入ります。」2
この習慣も明治維新の影響を受けないわけには行かなかった。混浴は普通に行なわれていて自然に日本の生活の一部になっていたが、慎み深い西洋人はこれを罪だとした。
日本が西洋並みに「文明開化」していることを見せたかった日本の政府当局は、これを禁止することに決めた。東京は」早くも1869年に禁止している。これは成功しなかったようで、1870年と1872年に再度禁止された。4 しかし結局は成功して、現在では混浴は極めて稀で、人里離れた温泉に限られる。
有難いことに、入浴は今でも重要な役割を演じており、それは温泉リゾートを紹介するテレビ番組や雑誌の記事が無数にあることでもわかる。
毎日入浴するのは、チェンバレンの時代のように外国人を驚かせることはないかも知れないが、彼が書いていることで一つは今でも多くの人々を驚かしている。「一番不思議なことは、日本人は風呂から上ると濡れた手拭いで身体を乾かすことだ。」3

「女湯」浮世絵 鳥居清長(1752~1815)作
1 Chamberlain, Basil Hall (1905). Things Japanese Being Notes on Various Subjects Connected with Japan for the Use of Travellers and Others. J. Murray: 61.
2 同書: 61-62.
3 同書: 482.
4 Seidensticker, Edward (1983). Low City, High City. Tokyo from Edo to the Earthquake: How the Shogun’s ancient Capital became a Great Modern City, 1867-1923. (日本語訳「東京 下町・山の手」) Alfred A. Knopf: 92.
2人の女性が美しい木造りの浴室で浴槽の傍に腰掛けている。場所は恐らく熱海か箱根の温泉保養地だろう。窓には芸術的な装飾が施されており、その上のパネルは豪華な木彫りである。木製の柄杓が左隅の大理石の水桶に置いてある。
