OLD PHOTOS of JAPAN, 日本の古写真:明治、大正、昭和、古い写真を通して「日本」を知るフォトブログ

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1860年代から1930年代の日本の写真。1854年、日本は200年以上続いた鎖国を解き、それは真に驚くべき変換の引き金となりました。運命のように、ちょうどその頃すでに写真が発明されていました。古い日本が消え、新しい日本が生まれるにつれ、挑戦心ある写真家たちが写真を撮りました。古い日本の珍しくまた貴重な写真から、当時の暮らしを見ることができます。
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1920年代の京都 • 島原太夫

タグ: 撮影者未詳大正, 昭和京都
ツール: 写真利用許可 お気に入り

京都島原太夫(高級娼婦)の写真。島原は京都で認められていた遊郭。太夫が着る豪華な衣装は、江戸時代(1603年~1868年)に益々派手になった。

太夫は、舞妓や芸者とは髪型で区別される。この髪形は兵庫と呼ばれ、結うのに何時間もかかる。

前髪は大きな鼈甲と八つの笄で飾る。後ろ髪には六つの前びら、留めと花飾りを差す。重さは全部で3キロにもなる。

太夫の履物は髪型と同様に豪華で、高い黒漆の下駄を履く。普通の下駄の歯は二本だが、太夫が街を歩く時に履く下駄は三本歯である。歩く早さは信じられないくらいゆっくりしたもので、よちよち歩きである。大勢の付き添いに囲まれ、大変な注視の的になる。(吉原道中の写真参照)

現役の太夫はかなり前に姿を消したが、島原には太夫の文化を活かして継承している女性が4人いる。その一人が司太夫で、島原文化の再生に努めている。

売春は日本では江戸時代(1603年~1868年)に広がった。これを統制するために、徳川幕府は特定の地区を指定した(傾城町)。 中でも有名なのは、江戸の吉原(1617年にできた)1、大阪の新町(1624年から1644年にできた)2、 と京都の島原(1640年にできた)3

島原は1958年(昭和33年)に新しく法律が施行されて売春が禁止されるまで続いた。残っているのは殆どない。大門は今でも見られるし、昔の島原のお茶屋で元禄年間(1688年~1704年)にできた輪違屋は、太夫文化を紹介する博物館になっており、文化遺産になっている。もう一軒残っているお茶屋は角屋。

1 De Becker, J. E. (1899). The Nightless City or the History of the Yoshiwara Yukwaku. Max Nössler & Co.

2 Avery, Anne Louise (2006). Flowers of the Floating World: Geisha and Courtesans in Japanese Prints and Photographs, 1772–1926 (Sanders of Oxford Exhibition Catalogue)

3 京都島原の門にある市の公式看板

地図はありません。
撮影者: 撮影者未詳
発行元: 青旭堂
メディア: 絵葉書
写真番号: 70510-0002
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<a href="http://oldphotosjapan.com/ja/photos/175/shimabara-tayu-jp">1920年代の京都 • 島原太夫</a>

京都島原の太夫(高級娼婦)の写真。島原は京都で認められていた遊郭。太夫が着る豪華な衣装は、江戸時代(1603年~1868年)に益々派手になった。

画像のURL: http://oldphotosjapan.com/images/15t.jpg
Posted by Kjeld Duits • 2008-03-17
コメントをどうぞ

はじめまして、検索にてたどりつきました。
京都の島原(嶋原)の文化を太夫さんを支持・応援
しているものです。

太夫さんは、売春婦という言葉では表現できませんし、
単なる芸妓というわけでもなく、とても特異な存在だった
ようです。特に京嶋原は公卿の遊び相手の女性と
しての傾城・太夫であり、独特の文化が生まれ、
他の京の花街のお手本ともなっていたようです。

上の記事の文章に少し誤りがあると思うのですが・・
輪違屋さんは、現在も現役の「お茶屋」として営業中です。
太夫の置屋でもあり、太夫をお座敷に上げて、芸を見せるのは
今ではこちらのお店だけです。
芸を見せるため現在でも太夫さん
(今では3人になりましたが)方は
舞・茶道を必須として
和楽器・唄・書道・香道 といった芸教養、
お客さんへの接客 を日々磨いておられます。

また、「角屋」さんは現在は美術館として
かつての嶋原文化の紹介・普及を行っておられます。

今後もこのような嶋原の文化が大切に受け継がれていくことを
望んでいる者です。

# 琵琶(嶋原応援してます) · 2008-04-22








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